福岡高等裁判所 昭和46年(ネ)525号 判決 1973年10月19日
事件
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一当裁判所は、当審における新たな証拠調の結果を参酌してもなお、被控訴人らの本訴請求を正当として認容すべきものと判断するのであるが、その理由とするところは、次項以下に付加するほか、原判決理由中被控訴人ら関係部分(原判決二一枚目裏二行目から九行目までの部分を除くその余の部分)に説示するとおりであるから、ここに、これを引用する。ただし、原判決二一枚目表六行目に「第一ないし第三種漁業」とあるを「第一ないし第三種共同漁業」と、同二二枚目表七行目、同二四枚目表一〇行目、同二五枚目裏末行目及び同二九枚目裏一一行目から一二行目に各「第一種漁業」とあるをいずれも「第一種共同漁業」と、同二四枚目裏末行目に「中津留」とあるを「中津浦」と、同二八枚目表四行目に「漁業調整、漁業資源の保護などの」とあるを「漁業調整その他」と、それぞれ改める。
二控訴人臼杵市に対する確認の利益について
控訴人臼杵市は、同控訴人に対する関係では、被控訴人らが本件漁区で原判決主文第一項掲記の各漁業を営む権利を有することの確認を求める利益はない旨主張している。
しかしながら、<証拠>によると、控訴人臼杵市は、昭和四四年一二月一六日、控訴人漁協との間で、同市に進出が予定されていた大阪セメントのセメント工場用地等造成のため、控訴人漁協が本件漁区の埋立に同意し、かつ、同漁区に存する区第四九一号区画漁業権及び共第三〇号共同漁業権並びに同各漁業権行使に関する一切の権利を放棄するとともに、控訴人臼杵市が控訴人漁協に対して右各漁業権放棄等に伴う補償金一億三、〇〇〇万円を支払うべきことを骨子とする協定を結び、それと同時に、大阪セメントとの間で、即日、控訴人臼杵市が右協定に基づいて控訴人漁協に対し有する法律上の地位を同会社に譲渡し、かつ、その対価として、大阪セメントが控訴人臼杆市に対し、金一億一、〇〇〇万円を支払うとの内容の契約を締結したことを認めることができ、これと相容れない証拠は存在しない。
しかして、右認定の事実関係に立脚して考察すると、控訴人臼杆市は、控訴人漁協との間で結んだ右協定上の権利義務関係を有していることは明らかであるから、控訴人漁協が右各漁業権を放棄し、その結果、被控訴人らが該各漁業権の内容たる漁業を営む権利を失つたかどうかについて、直接的かつ具体的な法律上の利害関係を持つものというべきである。そして、控訴人臼杆市は、右協定により、控訴人漁協に対し、控訴人漁協が右各漁業権を放棄するか否か、従つてまた、被控訴人らが該各漁業権の内容たる漁業を営む権利を失うかどうかとの牽連関係において、右金一億三、〇〇〇万円の補償金支払義務を負うことになるのであるから、右協定に基づく法律上の地位を大阪セメントに譲渡したからといつて、法律上の利害関係を失うに至つたものということはできない。
しかるに、控訴人臼杵市が、控訴人漁協が右各漁業権を有し、従つて、被控訴人らにおいて該各漁業権の内容たる漁業(原判決主文第一項掲記の各漁業)を営む権利を有することを争つていることは、弁論の全趣旨に徴し明瞭であるから、被控訴人らは、控訴人臼杵市に対する関係においても、右各漁業を営む権利を有することの確認を求める利益があるものと認むべきである。
してみると、控訴人臼杵市の前記主張は、これを採用することができない。
三さきに引用した、原判決認定の事実関係について
<証拠>のうちにはそれぞれ、さきに引用した原判決理由説示の、本件臨時総会における議事経過に関する事実認定(原判決二六枚目表九行目から同二七枚目表四行目まで。)に資する部分が損するとともに、これと牴触する部分もまた看取されるところ、後者の部分については、右認定に供した各証拠(原判決挙示のそれを含む。)と比照して、たやすく措信することができない。
尤も、<証拠>に徴すると、右<証拠>は、本件臨時総会における議事経過を記録した議事録であつて、控訴人漁協の管理課長訴外小坂一が同課事務員訴外稲垣美代子の補助を得てその作成にあたつたものであり、その体裁よりして、水産業協同組合法五一条によつて準用される商法二四四条二項の要件を満たすものであることが明らかであるから、特段の事情の存しないかぎり、本件臨時総会における議事は、右議事録に記載されたとおりの経過で進行したものと推認するのが相当というべきところ、右議事録に記載された議事経過のうちには、共第三〇号共同漁業権一部喪失(放棄)を内容とする議案を議決した際の模様として、議長である訴外酒井満が同総会出席の組合員(正組合員)に起立による採決を求めたところ、反対の意思表示をした者三名、賛否を明らかにしなかつた者七六名、賛成の意思表示をした者六四五名(書面議決書によつて賛否を明らかにした者一二八名を含む。)であり、その結果、右議案が可決されるに至つたものであるかのごとくに録取されている部分が存在する。
しかしながら、翻えつて審案するに、
(一) 右<証拠>によると、右議事録冒頭部分においては本件臨時総会当時における臼杆漁協の在籍正組合員数は総数七二四名(ただし、右臨時総会当時における実際の在箱正組合員数が総数七二六名であつたことは、後記説示のとおり。)であり、そのうち本件臨時総会に出席した正組合員数は七〇〇名(家族または他の正組合員に委任した者二九名、書面議決書によつて賛否を明らかにした者一二八名を含む。)と記載されているところ、本件採決時の模様に関する右議事録の記載を前提とするかぎり、本件採決に加わつた正組合員数は反対の意思表示をした者三名、賛否を明らかにしなかつた者七六名、賛成の意思表示をした者六四五名の合計七二四名ということになり、同議事録冒頭に掲記された同総会出席正組合員数七〇〇名を上廻わる結果となるから、同議事録の記載自体前後撞着の存することは否めない。
(二) 尤も、本件臨時総会当時における控訴人漁協の実際の在籍正組合員数が総数七二六名であつたことは、当事者間に争いがないところ、右議事録冒頭に掲記された同臨時総会出席正組合員数七〇〇名というのは、同臨時総会を開会した際におけるそれであつて、本件採決を行つた際にはこれが増加していたものと仮定しても(<証拠>中には、これに沿うかのごとき部分がある。)、右議事録に記載されたごとく、採決に加わつた正組合員が総数七二四名であるとすれば、在籍正組合員数七二六名のうち、水産業協同組合法四九条三項によつて議決に加わる権利を有しない議長(前記酒井満)を除き、僅か一名のみが本件臨時総会に出席(書面議決書もしくは委任によつて賛否を明らかにする場合を含む。)せず、従つて、右採決にも加わらなかつたこととなる道理である。しかるに、前掲乙第三号証の四、原審及び当審証人酒井満、原審証人高橋茂、同広戸金光及び同小坂一並びに当審証人酒井正幸の各証言によると、本件臨時総会においては、控訴人漁協の役員たる理事一九名及び監事若干名は、同臨時総会の議事経過全般を通じてその議決権をまつたく行使せず、従つて、本件採決に際しても、これに加わらなかつたことが認められるのであるから(この認定に反する証拠は存在しない。)、帰するところ、本件採決に加わつた正組合員数が総数七二四名であるとするのは、実際に右採決に加わつた正組合員数を上廻わることとなり、右議事録の記載には、やはり矛盾があるとしなければならない。
(三) さらに、<証拠>によれば、控訴人漁協においては、その定款上、総会(通常または臨時)で正組合員が議決権を行使するにあたつては、書面または代理人によつて議決権を行うことができるが、代理人によつて議決する場合、その代理人は当該組合員と同じ世帯に属する成年者またはその他の正組合員でなければならず、かつ、代理人が代理し得る正組合員の数は、二人を限度とする旨定められていることが明らかである(右定款四六条)。そして、成立に争いのない甲第三号証の一ないし一〇三及び乙第六号証の一、二並びに原審証人酒井満の証言によれば、本件臨時総会においては、家族または他の組合員に対する委任によつて議決権を行使しようとした者は一五〇名余にのぼるが、そのうち、他の正組合員に議決権の行使を委任した者が少くとも二九名いたことが認められ、これに反する証拠はない。しかるに、他の正組合員に議決権の行使を委任した場合にあつては、その委任を受けた正組合員は、みずからの議決権を行使するとともに、二人を限度として委任を受けた議決権をも同時に行使すべきこととなるところ、原審及び当審証人酒井満並びに原審証人高橋茂の各証言によれば、本件臨時総会においては、その議事経過全般を通じ、かようにして委任を受けた正組合員の議決権行使の方法につき、その数を明らかになし得るごとき方法は格別とられなかつたことが認められるのであるから(やはり、反対の証拠は存在しない。)、本件採決に際しても、他の正組合員に議決権の行使を委任した、少くとも二九名の者については、その議決権行使の結果がどうであるかは、これを明らかになし得なかつたものというべき道理であり、従つて、賛否者ないし賛否を明らかにしない者の数も、その限度では算定し得ない筈であるのに、右議事録の記載を前提とするかぎり、賛否者及び賛否を明らかにしなかつた者の総数は、本件臨時総会で議決権を行使しようとした七二四名全員ということになり、右算定し得ない者の存在をいれる余地はないという不合理な結果に陥る。
叙上の諸事情が窺われるところ、これらのことに、<証拠>をあわせ参酌すれば、右議事録(乙第三号証の四)の前叙指摘したごとき記載内容をもつてしては、本件採決にあたつて前記酒井満が賛成の起立を求めたときに多数の者(水産業協同組合法五〇条に定める三分の二を超える多数であつたかどうかは、しばらくおく。)が起立したことを首肯せしめる証拠資料としてならば格別、その際、賛成者もしくは賛否を明らかにしない者の数を数えあげて、同採決に付された、共第三〇号共同漁業権のうち本件漁区に関する部分の喪失(放棄)を内容とする議案が可決したことを確認し得たかのごとき状況にあつたことを是認せしめることはできなく、これを要するに、右乙第三号証の四は、本件臨時総会における議事経過を記録した議事録であるにもかかわらず、いまだ、当裁判所の心証を惹いて、本件採決時の模様に関する前叙認定を動かすに足らないものというべきである。
四漁業法八条五項、三項の類推適用について
(一) ところで、被控訴人らは、漁業権を放棄(一部放棄を含む。)するについては、漁業法八条五項、三項の類推適用により、同条項に定める手続の履践が要求されているものとし、他方、控訴人らは、右類推適用を否定して、水産業協同組合法五〇条、四八条による総会の特別決議以外には格別の手続を必要としないものとして、それぞれ、その根拠をるる主張している。そこで、以下、この点について判断を加える。
(1) 元来、共同漁業権は、明治漁業法のもとにおける専用漁業権、特別漁業権及び定置漁業権を整理して、その一部を内容としたものであつて、特定の水面を「共同に利用して」(漁業法六条五項)漁業を営むものであるところに、その特質が存する。そして、明治漁業法の専用漁業権なる制度は、漁村の地先に存在する水面(沿岸漁場)を当該漁村の漁民(漁業者または漁業従事者をいう。以下、同じ。)が共同利用することを目的とするものであつて(明治漁業法五条一項)、沿革的には、徳川期以来の部落総有の入会漁場につき、明治一九年漁業組合準則による漁業組合管理の法制化を経て、これを漁業組合に属する専用漁業権という形で法的に整備したものにほかならない。従つて、共同漁業権は、現行漁業法により、関係漁民による漁場管理の方法として認められたものであるとはいえ(共同漁業権は、これを漁業形態の側面よりみれば、定置、区画等の個別的漁業権が第三者の侵害を排除しなければ技術的に成立ち得ない漁業形態であるのに対し、本来的には自由漁業たり得べき漁法のものであるから、現行漁業法上これが漁業権として漁業協同組合または漁業協同組合連合会に帰属せしめられているのは、関係漁民による漁場管理の必要に根ざすところが大きい。)、叙上のごとき沿革及び漁場利用形態の特質(いわゆる地先水面の共同利用)にかんがみれば、関係漁民総有の入会漁場としての性格を帯有するものと解するのが相当である。
しかるに、漁業権は、現行漁業法上、物権とみなされ、土地に関する規定が準用されているのであるから(漁業法二三条一項、なお、明治漁業法七条も同じ。)、その水面利用の特質からくる公的制約が強いとはいえ、その本質においては、私権(行政処分をもつて創設される私権)であり、かつ、財産権に属するものと解さざるを得ない。そうであるならば、漁業法八条一項に定める、組合員の「漁業を営む権利」についても、漁業協同組合または漁業協同組合連合会の保有する漁業権(共同漁業権もしくは特定区画漁業権)または入漁権に基盤をおく権利として、やはり物権的性格を有し、具体的には、その権利内容実現のためのいわゆる物上請求権を派生せしめる権利(財産権)として把握するのが相当であつて、控訴人の主張するごとく、漁業権の帰属主体である漁業協同組合(または、漁業権の帰属主体である漁業協同組合連合会の会員としての漁業協同組合)の組合員たる資格に由来する、いわゆる社員権的な権利として観念することはできない。
(2) ところで、本件で問題となつている漁業法八条五項、三項は、昭和三七年法律第一五六号による漁業法改正によつて付加された条文であつて、これが付加されたゆえんは、漁業関係各法令の改正経過、その内容等を総覧すれば、次のごとくに解される。
すなわち、右改正前の漁業法においては、「漁業協同組合の組合員であつて漁民(漁業者又は漁業従事者たる個人をいう。以下、同じ。)であるものは、定款の定めるところにより、当該漁業協同組合又は当該漁業協同組合を会員とする漁業協同組合連合会の有する共同漁業権、区画漁業権(ひび建養殖業、かき養殖業、内水面における魚類養殖業又は第三種区画漁業たる貝類養殖業を内容とするものに限る。)又は入漁権の範囲内において各自漁業を営む権利を有する。」との条項が規定されていたのみであつて、従つて、漁業協同組合の組合員たる漁民である以上、少くとも潜在的には「漁業を営む権利」を有するものと解さざるを得ない事情にあつた。しかるに、他面、漁業協同組合(及び漁業協同組合連合会)は、漁業法上漁業権の帰属主体としての地位を与えられているとともに、その本来的な役割である経済事業体としての機能をも有し、いわば二面的性格を持つものであるところ、漁業協同組合が部落的に存立して漁業権を有するかぎり、その経営規模の零細化を免れず、経済事業体としての発展は著しく阻害されるところより、漁業権管理的(部落的)組合より経済的な広域的組合への脱皮が望まれるに至つたが(そのため、昭和三五年法律第六一号をもつて漁業協同組合整備促進法が制定された。)、漁業法八条の、改正前の前記条文をもつてしては、「漁業を営む権利」を有する者を特定の組合員に限定することができるかどうかに疑義が生じたため(改正前の漁業法八条は、明治漁業法四三条後段の規定を受けついだものであるが、現行漁業法では漁業権の貸付が禁止されたことに伴い、定款によつて「漁業を営む権利」を有する者を特定の組合員に限定することができるかどうかに解釈上の争いが存した。)、昭和三七年法律第一五五号をもつて水産業協同組合法を改正するとともに、漁業法を改正して、漁業権(または入漁権)行使規則なる制度を設け、いわば、漁業協同組合の組合員であることと当該組合に属する漁業権の行使に参加することとを分離し、漁業協同組合が部落的な漁業権に拘束されることなく経済的に拡大発展し得る途を開いた。これを具体的にいえば、改正後の漁業法八条は漁業協同組合の保有する漁業権(共同漁業権及び特定区画漁業権)または入漁権について、組合員は、漁業協同組合が都道府県知事の認可を受けて定める漁業権行使規則に規定された資格をそなえる場合にかぎつて、当該漁業権の内容たる漁業を営む権利を有するものとし、漁業権行使規則で資格を限定することによつて、その資格を具備しない組合員は行使権を有しないものとなし得ることを明らかにするとともに、その三項及び五項においては、かような、いわば組合員であることと漁業権の行使に参加することが分離されたことに伴う、関係漁民の利益保護の観点からする調整的な規定が設けられた。すなわち、第一種共同漁業を内容とする共同漁業権及び特定区画漁業権について漁業権行使規則を定め、あるいは、これを変更、廃止するに際しては、水産業協同組合法五〇条、四八条による総会の議決前に、その組合員のうち、当該漁業権にかかる漁業の免許の際において当該漁業権の内容たる漁業を営む者、あるいは、その変更、廃止の際において当該漁業権の内容たる漁業を営む者であつて、当該漁業権にかかる地元地区または関係地区(いずれも、漁業法一一条によつて都道府県知事が定めるもの。)の区域内に住所を有するものの三分の二以上の書面による同意を得なければならないものとしているのが、それである。これをさらにふえんすれば、右改正後の漁業法八条一項の規定によつて、明文上「漁業を営む権利」を有しない組合員の存在が許容されるに至つたが、他面、漁業協同組合の広域化、拡大化に伴い、いわゆる組合有漁業権(共同漁業権及び特定区画漁業権)は、漁業協同組合に帰属するものとされながら、当該漁業権の内容たる漁業を営む者よりむしろこれを営まない者の方が多数を占め、ひいては、単一の漁業協同組合のなかにあつて、その有する漁業権を事実上部落ごとに分割して行使するという事態すら予想されたところより、共同漁業権のうちの、地縁的なつながりが密接な第一種共同漁業を内容とする共同漁業権と特定区画漁業権については、水産業協同組合法五〇条、四八条に定める総会の特別決議の要件を満たす場合であつても、当該漁業に従事しない組合員の意思のみによつて、現に当該漁業を営む者の地位が不当に脅かされることのないよう配慮したものにほかならない(なお、第二種ないし第五種共同漁業を内容とする共同漁業権については、この書面による同意を必要とせず、総会の特別決議のみで足るものとされたが、それは、第二種ないし第四種共同漁業については、その漁法ないし漁場行使の実態上他の漁法による漁業との調整が問題であり、また、第五種共同漁業については、漁業協同組合に増殖義務が付加されていて、いずれも、漁業協同組合による管理面の必要が強調されたことによるものと解される。)。さらにまた、漁業協同組合の正組合員のみならず、その準組合員であつても、漁業権行使規則の定めるところにより、当該漁業権の内容たる漁業を営む場合があり得るが(水産業協同組合法一八条一項、五項。なお、前記法律第一五五号による水産業協同組合法の改正によつて、正組合員の資格要件たる漁業日数の下限が引上げられたが、その結果、従前正組合員でありながら、改正後においては、正組合員の資格を失うに至る者が現出することとなつた。)、反面、水産業協同組合法五〇条、四八条に定める総会の特別決議に参加し得るのは、正組合員にかぎられるから(同法二一条一項)、漁業権行使規則の制定、変更及び廃止にあたり、これら準組合員であつて現に漁業を営む者の利益を保護するためには、右特別決議のほかに、これら準組合員をも含めた、現に漁業を営む者を対象として、意思表明の機会を設ける必要が存したことによるものである。
(3) しかして、漁業法八条五項、三項の制定理由(改正理由)が叙上説示したところにあるものとすれば、漁業協同組合がその保有する漁業権(第一種共同漁業を内容とする共同漁業権または特定区画漁業権)を放棄(一部放棄を含む。)する場合にあつても、同条項の類推適用があるものと解するのが相当である。けだし、漁業権行使規則の変更または廃止は、当該行使規則によつて定められた、「漁業を営む権利」を有する者の資格や当該漁業を営む場合の区域期間及び漁法等に変動を生ぜしめることを目的とするものであるから、現に漁業を営んでいる者について、当該「漁業を営む権利」を失わしめるに至る場合のほか、その漁業従事の態様に影響を及ぼすにとどまる場合も存するのに、そのいずれの場合にあつても、現に、漁業を営む者の地位を保護するために、漁業法八条五項、三項の手続を履践すべきことが要求されているところ、漁業協同組合が漁業権(第一種共同漁業を内容とする共同漁業権または特定区画漁業権)を放棄(一部放棄を含む。)する場合にあつては、その当然の帰結として、常に、漁業権行使規則で規定する資格に該当する者の「漁業を営む権利」が失われ、現に漁業を営む者もその例外ではあり得ないのであるから、むしろ、現に漁業を営む者の利益保護についてより慎重な配慮を必要とするということはできても、この配慮を欠いても良いとすべき合理的な理由は何もみあたらないからである(なお、漁業権行使規則変更の場合にあつては、都道府県知事の後見的監督による保護が与えられていると解し得べき余地があるが、漁業権放棄(一部放棄を含む。)の場合にあつては、それも存しないこと、さきに引用した原判決理由二三枚目裏一一行目から同二四枚目表五行目までに示すとおりである。)。そしてまた、その反面、漁業権放棄(一部放棄)の場合に漁業法八条五項、三項の類推適用があり、従つて、現に漁業を営む者で関係地区(または、地元地区)内に住所を有するものの三分の二以上の書面による同意を必要とするものと解しても、漁業法三九条に基づき、漁業調整(同条にいう漁業調整とは、明治漁業法二四条の規定を受けついだという沿革にかんがみ、水産動植物の繁殖保護、漁業取締その他水面の総合的高度利用及び漁業生産力の発展をはかるための処置を指称するものと解するのが相当である。)、船舶の航行、てい泊、けい留、水底電線の敷設その他の公益上の必要があるときは、都道府県知事において、漁業権の変更、取消またはその行使の停止を命ずることができるし、また、土地収用法もしくは住宅地区改良法等土地収用に関する特別法に定める要件を満たすときは、漁業権を収用または使用することができ(土地収用法五条三項等)、従つて、公有水面埋立の免許をすることもできる(公有水面埋立法四条三号)のであるから、現に漁業を営む少数者の利益保護の立場と比較して、叙上公益一般の見地よりする配慮の必要性は乏しいといわざるを得ないからである。
(4) ところで、控訴人らは、叙上説示したところのほか、さらに、漁業法八条五項、三項の類推適用が許されない根拠を種々主張しているので、それらに対する当裁判所の見解を示すに、先ず、控訴人らは、漁業権放棄(一部放棄を含む。)の場合に漁業法八条五項、三項の類推適用があるとすることは、漁業協同組合に属する漁業権から派生した「漁業を営む権利」によつて、該漁業権者たる漁業協同組合の管理処分権能を制限することに帰する旨主張しているけれども、同条項の趣旨とするところは、叙上説示したとおりであつて、これを要するに、漁業協同組合の広域化、拡大化に伴い、その有する漁業権の、いわば関係部落ごとの行使を制度的に保障したものということができるのであるから(反面からいえば、この制度的な保障によつて、漁業協同組合の合併による広域化、拡大化の促進をはかつたものということもできる。)、現に当該漁業を営む者の利益保護の観点から漁業協同組合の管理処分権能が制約されることは、むしろ、漁業法八条五項、三項の当然予期していたところと目すべきである。また、もしそうでないとするならば、当該漁業には従事していない組合員の意思のみによつて、現に当該漁業を営む者の地位が不当に脅かされる結果のあり得べきことを容認せざるを得ず、右条項の立法趣旨が損われるに至ることは、明らかである。これを本件に即してみれば、本件臨時総会当時における臼杵漁協の正組合員数は、前叙説示のごとく総数七二六名であるところ、本件漁区で現に第一種共同漁業を営み、かつ、控訴人の定めた関係地区に住所を有するものが一二九名であることは、後記説示のとおりであるから、水産業協同組合法五〇条、四八条に定める総会の特別決議のみによつて漁業権の放棄(一部放棄を含む。)をなし得るものとすれば、右関係漁民の数が正組合員総数の三分の二に満たない以上、これら関係漁民全員の意思に背いてもその漁業を営む権利を失わせることができることとなる。
また、控訴人らは、少くとも漁業権の一部放棄の場合にあつては、これを漁業権変更の一態様として目すべきものであるところ、そうであるならば、現に漁業を営む者の保護については、漁業法上漁業権変更に都道府県知事の免許を要するものとされているところより、その後見的監督による保護が期待される旨主張している。しかしながら、漁業権の一部放棄が漁業権変更の場合にあたるかどうかはさておき、都道府県知事が漁業権変更の免許に際して審査するのは、漁業調整その他公益上の観点からするそれであつて(漁業法二二条二項)、漁業法上、現に当該漁業を営む者の利益保護の観点からする後見的役割を担つているものとは解せられない。
さらに、控訴人らは、漁業法八条五項、三項はいわゆる手続規定であるから、その類推適用は許されない旨主張する。しかし、元来、手続規定だからといつて、直ちに、その類推適用を否定することはできないばかりでなく、同条項自体としても、単に手段的、技術的性格を有するにとどまらず、「漁業を営む権利」または現に漁業を営む者の地位の得喪変更をその規定内容とするものであるから、その類推適用が許されないものと解すべき根拠は存在しない。
(5) 叙上説示してきたところに従えば、漁業権の放棄(一部放棄を含む。)の場合にあつては、漁業法八条五項、三項の類推適用により、水産業協同組合法五〇条、四八条に定める特別決議の方法による総会の議決に先立ち、現に当該漁業権の内容たる漁業を営む者であつて、当該漁業の関係地区(特定区画漁業権の場合にあつては、地元地区)内に住所を有するものの三分の二以上の書面による同意を得るか、少くとも、同議決との時間的先後はさておき、右三分の二以上のものの書面による同意と同一視し得べき明確な同意を得ることを要するものと解するのが相当である。
(二) 次に、控訴人らは、仮定的に、共第三〇号共同漁業権のうち本件漁区に関する部分の放棄をするについては、本件臨時総会における議決によつて、漁業法八条五項、三項に定める同意と同一視し得べき明確な同意を得ているものと認むべきである旨主張している。
そこで、審案するに、かような、漁業法八条五項、三項の定める同意もしくはこれと同一視し得べき明確な同意の有無を考察するにあたり、先ず問題となるのは、その同意権者(同意をなすべき者)の範囲であるところ、この点に関する控訴人らの主張は必ずしも明瞭でないけれども、ひつきようするに、訴外大分県知事の定めた関係地区内に住所を有する正組合員であれば、すべて同意権者の範囲に含まれるとするもののごとくである。しかして、共第三〇号共同漁業権の内容たる第一種共同漁業の関係地区として定められた地区が、控訴人ら主張のとおりの各地区であることは、当事者間に争いがないところ、成立に争いのない乙第二号証の一、二に徴すれば、右各地区に住所を有する者の総数が控訴人ら主張のとおりの人数、すなわち、四一三名であることが認められ、反対の証拠は存在しない。しかしながら、漁業法八条五項、三項によつて書面による同意(もしくはそれと同一視し得べき明確な同意)を得べきことが求められているのは、関係地区(特定区画漁業権の場合にあつては、地元地区)に住所を有する組合員全員についてではなく、そのうち、当該漁業にかかる漁業権行使規則の変更または廃止に際して当該漁業を営む者にかぎられるものであることは、同条項の明文よりしても明らかなところであり、同条項を類推適用する場合にあつても、これと別異に解すべき理由はない。しかるに、共第三〇号共同漁業権につき、本件臨時総会当時において、同漁業権の内容たる第一種共同漁業を営んでいた者で、関係地区たる前記各地区に住所を有していたものが総数一二九名であることについては、当事者間に争いがないのであるから、帰するところ、右一二九名の者が漁業法八条五項、三項の規定による同意権者にあたるものというべきである。
ところが、右一二九名の者について、漁業法八条五項、三項に定める、書面による同意を得ていないことはもちろん、本件臨時総会における議決によつて、それと同一視し得るがごとき明確な同意を得たものと認めることもできないのは、さきに引用した原判決理由中二四枚目裏九行目から同二七枚目表末行目まで(当審で前叙補充した分を含む。)に示すとおりであるから、右同意を得たとする控訴人らの前記主張は、その余の点につき案ずるまでもなく、採用し得ない。
五漁業権の一部放棄について
(一) 控訴人漁協が、共第三〇号共同漁業権のうち、本件漁区に関する部分を消滅させた行為について、被控訴人らは、同共同漁業権の漁業権者たる控訴人漁協が単独でなし得る、漁業権の放棄(一部放棄)と認むべきことを主張し、これに対し、控訴人らは、都道府県知事の免許によつて権利変動の効果が生ずる、漁業権の変更と解すべきことを主張している。そこで、以下、考察を加える。
(1) 先ず、漁業権は、私権たる財産権であるから、一般の財産権の場合と同様、漁業権者において自由にこれを放棄することができるのであつて、現行漁業法上、その例外としては、当該漁業権が登録した先取特権、抵当権及び入漁権の目的となつているときにかぎり、該登録をした、これら権利者の同意を得べきことを効力発生のための要件としているにとどまるのである(漁業法三一条一項)。そして、漁業権の放棄は、漁業権が行政処分をもつて創設される、私権であることにかんがみ、免許をなした行政庁(都道府県知事)に対する漁業権者単独の意思表示(届出)をもつてこれをなすべきものと解するのが相当である。
これに対し、漁業権の変更とは、水産動植物の繁殖または廻遊状態の変化その他の漁業事情の変遷に起因して行われる、漁業権の目的たる水産動植物の採捕または養殖の内容に関する変更をいうものと解するのが相当である。けだし、漁業権は、行政庁(都道府県知事)の免許により設定される、特定の水面を利用して排他的に特定の漁業を営むことのできる権利を指称するものであつて、その免許(特許)の渕源は、国家の公有水面に対する支配権能に由来するものと解されるところ、ここに漁業とは、水産動植物の採捕または養殖の事業を意味するものであるが(漁業法二条一項)、水産動植物の採捕または養殖の内容は、帰するところ、漁業種類(漁具、漁法及び漁獲物の種類)、漁場の位置及び区域並びに漁業時期などの諸条件によつて構成せられるものであるから、漁業権の同一性を失わしめるに至らない限度で、これら諸条件を変更することが、とりもなおさず漁業権の変更となるものというべきだからである。しかるに、漁業権は、右諸条件、すなわち、漁業種類(漁具、漁法及び漁獲物の種類)、漁場の位置及び区域並びに漁業時期といつたがごとき権利内容を具体的に定めて免許されるものであるから、これら諸条件が変更されれば、その変更された部分についていうかぎり、新たに権利が設定されたものと目すべき関係にあり、従つて、漁業権の変更についても、漁業権の設定を受ける場合と同様、都道府県知事の免許にかからしめらるべきことは、むしろ当然であり、これが漁業法二二条一項の規定が設けられているゆえんである(すなわち、漁業権の変更は、講学上いわゆる変権行為にあたるものと解されるから、いわゆる設権行為及び剥権行為の結合としての性質を有するものであるところ、漁業法二二条一項は漁業権者の出願による変更の場合を規定し、同法三九条は公益上の必要を理由とする行政庁の処分としてのそれを規定しているものと理解される。)。換言すれば、同法二二条一項は、漁業権を分割し、または変更しようとするときは、都道府県知事の免許を受けるべきことを規定しているところ、漁業権の分割とは、一個の漁業権を分割して二個以上の漁業権とすることであり、従前の漁業権を消滅させて、相互に牴触することのない権利内容の、二個以上の漁業権を新たに設定することに帰着するから、結局、同条項の趣旨とするところは、分割の場合にせよ変更の場合にせよ、新たな設権行為としての実質を持つ場合について、都道府県知事の免許を要すべきことを定めたものにほかならない。ただ、ここに漁業権の分割といい、あるいはその変更といつても、広義においては、漁業権の内容を変えることにあたるが、前者の場合にあつては実質的には純然たる漁業免許であり、後者の場合にあつては、いわば追加的(部分的)漁業免許の性質を有するにとどまる点において、両者の異別あるものというべきである。
そうすると、つまるところ、漁業権の放棄は、私権たる財産権の性質に基づき、一般私権に共通した権利消滅原因として漁業権消滅の効果を生ぜしめるものであるのに対し、漁業権の変更は、従前の漁業権との同一性を害しない限度で新たな権利の付与たるべき性質を有するとともに、当該変更された権利内容に従つてではあるが、あくまで従前の漁業権を保有、行使することを前提とするものであることは、いうをまたないところである。しかるに、いま問題となつている、漁業権の目的たる水面(漁場)の一部を縮少することは、その縮少された水面についてみるかぎり、従前免許されていた漁業権の消滅をもたらすものであつて、同一水面にこれと牴触しない別個の漁業権が成立している場合に、当該別個の漁業権が存続するのは格別、従前の漁業権については、それがどのような権利態様のものとしてであれ、何ぴとも漁業権を保有、行使しないという状態を現出するものであるから、漁業権の権利内容に変動(縮減)が生じているとはいえ、新たな設権処分としての実質をそなえるものではないと解するのが相当であり、この点において、漁業権の目的たる水面(漁場)の部分変更(例えば、新漁場の発見による追加や水産動植物の繁殖または廻遊状態の変化に伴う漁場の移動。ただし、それが漁場位置の変更をきたすがごときものであれば、漁業権の同一性を失わしめることになるものと解すべきである。)や漁業種類(漁具、漁法、漁獲物の種類)及び漁業時期の変更などの場合と異なるものというべきである(なお、本件における共第三〇号共同漁業権の漁場区域の縮少が、本件漁区における同漁業権の消滅を目的としたものであることは、控訴人らにおいても、これを自認しているところである。)。
(2) 他方、翻えつて考察するに、漁業法二二条二項によれば都道府県知事は、漁業権の分割または変更の免許をするについては、「漁業調整その他公益」上の支障の有無を審査すべきものとされているところ、同法一一条一項に関する後記説示のごとき理解を前提として考えれば、右にいわゆる「漁業調整」とは、漁業上の紛争防止の見地よりする狭義のそれの謂であつて、例えば、入会操業の行われている水面や河口附近に独占的、排他的な漁業権を設定することによつて、他の漁業者との間に漁業紛争を惹起させるおそれがある場合などを指称するものであり、また、ここにいう「公益」とは、受益者が不特定多数に及ぶ利益であり、漁業法三九条に例示する船舶の航行、てい泊、けい留及び水底電線の敷設のほか、土地収用法、住宅地区改良法等土地収用に関する特別法により土地を収用し、または使用することができる事業の用に供する場合などのことを指称するものと解するのが相当である。ところが、漁業権の目的たる水面(漁場)の一部縮少の場合にあつては、当該縮少された水面に関するかぎり、従前の漁業権を保有、行使する者が存在しなくなるものであることは、さきに説示したとおりであるから、漁場(漁業権の目的たる水面)の部分的変更や漁業種類(漁具、漁法、漁獲物の種類)及び漁業時期の変更などの場合と異なり、他の漁業者との漁業紛争や前叙説示したごとき公益との関連を顧慮する必要に乏しく、ことさら都道府県知事の免許にかからしめるべき合理的な理由はないものというべきである。
尤も、この点につき、控訴人らは、現行漁業法が基本的制度として採用した漁場計画制度との関連をいろいろ主張している。なるほど、漁業法一一条一項は、漁場計画を樹立すべき場合として、「漁業上の総合利用を図り、漁業生産力を維持発展させるためには漁業権の内容たる漁業の免許をする必要があり、かつ、当該漁業の免許をしても漁業調整その他公益に支障を及ぼさないと認めるときは、」漁場計画を樹立すべきものと定めているところ、右前段にいわゆる「漁業上の総合利用を図り、漁業生産力を維持発展させる」というのが、とりもなおさず広義の漁業調整上の必要をいうものと解されるから(漁業調整とは、広義においては、水産動植物の繁殖保護、漁業取締その他水面を総合的かつ高度に利用し、漁業生産力の発展をはかる処置を総称するものと解すべきであり、漁業法三九条の定める漁業調整がその謂であることは、前叙説示のとおりである。なお、漁業法一条参照。)、これと対置して後段に定められている「漁業調整」は、前叙説示したごとき狭義の意味のもの、すなわち、漁業上の紛争防止の見地からするそれと理解せざるを得ないのである。そして、漁業権の分割または変更の場合について規定する漁業法二二条二項にいわゆる「漁業調整その他公益」についても、同条改正の経過からみて、同法一一条一項に定める「漁業調整その他公益」と同一に解するのが相当であり、そうであるならば、右二二条二項においては、右説示したごとき、広義の漁業調整上の見地からする顧慮については、格別規定していないものといわざるを得ない(叙上比較した漁業法一一条及び二二条については、昭和三七年法律第一五六号による改正がなされ、同法一一条一項に漁場計画制度を樹立すべき場合として前叙摘示した文言を挿入するとともに、漁業権の分割または変更免許の審査基準に関して同法二二条二項が加えられたという改正経過がある。)。また、これを実際的な必要の面から考えてみても、元来、現行漁業法においては、漁業権の存続期間が比較的短期のものとして定められ(漁業法二一条。真珠養殖業及び海面利用の大規模魚類養殖業を内容とする区画漁業権並びに共同漁業権の場合にあつては一〇年、その余の漁業権の場合にあつては五年。)、その存続期間経過後においては、各種漁業事情の変化に即応して、漁場計画の再検討をすることが期待されているものと解されるのであるから、一旦漁場計画を立案して漁業権を設定したのちにおいて、その漁業権との同一性を失わない変更(または、その漁業権を二個以上の漁業権に区分するにとどまる分割)を漁業権者が希望した場合についてまで、漁場計画制度、ひいては、広義の漁業調整上の観点よりする判断を必要とする実益に乏しいものというべきである。そればかりでなく、いわゆる先願主義を採つていた明治漁業法一〇条及び二八条と、先願主義を排して漁場計画主義に立脚した現行漁業法二二条(ことに、右改正前のそれ。)及び三一条とを比照すると、漁業権の分割または変更を定めた彼我両規定の内容は、殆んど同一のものであることが明瞭である。
そして、右説示した諸点にてらせば、漁業法二二条に定める、漁業権の分割または変更の場合にあつては、漁場計画制度よりする広義の漁業調整上の必要に対する配慮は、必ずしも要求されていないものと解するのほかはなく、そうだとするならばまた、漁業権の目的たる水面(漁場)の一部縮少の場合について、漁場計画制度ないし広義の漁業調整上の必要を強調して、これが漁場(漁業権の目的たる水面)の一部における漁業権の放棄にあたることを否定する根拠となし得ないことは、明らかなところである。
(3) さらにまた、これを実質的な観点から考察してみても、漁場(漁業権の目的たる水面)の一部について漁業権が消滅する場合としては、叙上説示した漁業権の一部放棄の場合のほか、水面(漁場)の一部が自然現象または人為的原因(例えば、埋立、干拓など。)に基づき滅失する場合や土地収用法により公用徴収せられる場合が存するところ、自然現象はよる場合はさておき、人為的原因によつて漁場(漁業権の目的たる水面)の一部が滅失する場合や公用徴収せられる場合などにおいて、漁場計画制度ないし広義の漁業調整上の観点よりする配慮が要求されていないことに想到すれば、漁業権の一部放棄の場合にのみ、その配慮を必要とすべき合理的理由は見出しがたい(これを、公有水面埋立の場合を例としてふえんすれば、漁業権の目的たる水面の一部を当該漁業権者の同意によつて埋立てる場合、その完成によつて公有水面が一部滅失し、当該水面に関しては漁業権が消滅するに至るが、該埋立を免許するに際し、広狭いずれの意義のものにせよ、漁業調整上の観点よりする措置が義務づけられているわけではない。尤も、この場合免許権者は都道府県知事であるが、その際の審査基準は一応異なるところに存するから、彼我同一に論ずることはできない。)。そして、漁業権の一部放棄により、当該放棄にかかる水面についていわゆる空権部分の発現が予想されるが、その場合にあつても、少くとも観念的には、当該水面を目的とする新しい漁業権の設定が可能であり、もし、その結果、水産動植物の繁殖保護、漁業取締その他水面の総合的かつ高度利用、漁業生産力の発展に何らかの支障を生ぜしめるおそれのある場合にあつては、まさに、残存する従前の漁業権につつき、適正金額の補償を前提とする、漁業法三九条に定める公益徴収の問題として解決すれば足るものというべきである。
(二) 叙上これを要するに、漁業権の放棄は、私権たる財産権の性質に基づき、一般私権に共通した権利消滅原因として漁業権消滅の効果を生ぜしめるものであると解される反面、現行漁業法上その目的たる水面(漁場)の一についての放棄(漁業権の一部放棄)を否定すべきいわれは格別みあたらないものといわざるを得ない。
そうであるならば、訴外大分県知事が、共第三〇号共同漁業権の目的たる水面(漁場)を、本件漁区を除くその余の部分に縮少する旨の変更免許をなしたことは、帰するところ、漁業権者たる控訴人漁協のなした、同共同漁業権一部放棄(本件漁区に関する部分の放棄)の意思表示(届出)に対する受理の効果を生ぜしめるものたるにすぎなく、もとより、右変更免許によつて、本件漁区における右共同漁業権消滅という権利変動を形成するものではないと解すべきである。しかるに、控訴人漁協が右共同漁業権を一部放棄するについては、漁業法八条五項、三項の類推適用による同条所定の手続を履践しなかつた瑕疵の存することは、すでに説示したとおりであるから、右共同漁業権一部放棄の意思表示(届出)をしたことによつて、本件漁区における該共同漁業権、ひいては、同漁協組合員の、該共同漁業権の内容たる「漁業を営む権利」消滅の効果が生ずべきいわれはなく、この場合、大分県知事のなした右変更免許(届出受理)について、瑕疵の有無ないしその重大性及び明白性(控訴人らは、瑕疵の明白性欠如を強調している。)を問題とする余地はないものというべきである。
六結論
叙上付加(補充)して引用する原判決理由の説示するところによると、被控訴人らの本訴請求は、正当としてこれを認容すべきものであり、控訴人らの本件控訴は、失当であつて、これが排斥を免れない。
よつて、民訴法三八四条一項により本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、同法九五条、八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(佐藤秀 麻上正信 篠原曜彦)